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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)7641号 判決 1985年8月26日

原告 町田秀春

右訴訟代理人弁護士 小田成光

川坂二郎

被告 株式会社 三栄企画

右代表者代表取締役 金原稔

右訴訟代理人弁護士 坂巻國男

被告 株式会社 貴福

右代表者代表取締役 細好伸

右訴訟代理人弁護士 村田茂

小林霊光

被告 朝銀東京信用組合

右代表者代表理事 鄭春植

右訴訟代理人弁護士 野口敬二郎

原島康廣

主文

1  別紙第一目録の土地・建物及び第二目録の土地・建物は、いずれも原告の所有であることを確認する。

2  被告株式会社三栄企画は、原告に対し、別紙第一目録の土地・建物及び第二目録の土地・建物について、東京法務局港出張所昭和五五年一〇月二四日受付第三三八三六号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告株式会社貴福は、原告に対し、被告株式会社三栄企画が別紙第一目録の土地・建物について前項の所有権移転登記の抹消登記手続をすることを承諾せよ。

4  被告朝銀東京信用組合は、原告に対し、被告株式会社三栄企画が別紙第二目録の土地・建物について、第二項の所有権移転登記の抹消登記手続をすることを承諾せよ。

5  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  別紙第一目録の土地・建物及び第二目録の土地・建物(以下「本件土地・建物」という。)は、原告の所有である。

2  被告株式会社三栄企画(以下「被告三栄企画」という。)は、本件の土地・建物について、東京法務局港出張所昭和五五年一〇月二四年受付第三三八三六号の所有権移転登記を有する。

3  被告株式会社貴福(以下「被告貴福」という。)は、別紙第一目録の土地・建物について、東京法務局港出張所昭和五六年六月一三日受付第一七七五四号の抵当権設定登記を有する。

4  被告朝銀東京信用組合(以下「被告朝銀」という。)は、別紙第二目録の土地・建物について、東京法務局港出張所昭和五六年三月九日受付第六六七一号の根抵当権設定登記及び別紙第二目録の土地について、同出張所昭和五六年三月九日受付第六六七二号地上権設定仮登記を有する。

5  よって、原告は、所有権に基づき、被告三栄企画に対し所有権移転登記の抹消登記手続を求め、被告貴福及び被告朝銀に対し右抹消登記手続をすることの承諾を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告三栄企画)

1 請求原因1のうち、本件土地・建物が、もと原告の所有であったことは、認める。

2 請求原因2の事実は、認める。

(被告貴福)

1 請求原因1のうち、別紙第一目録の土地・建物が、もと原告の所有であったことは、認める。

2 請求原因2及び3の事実は、認める。

(被告朝銀)

1 請求原因1のうち、別紙第二目録の土地・建物が、もと原告の所有であったことは認める。

2 請求原因2及び4の事実は、認める。

三  抗弁

(有権代理)

1(一) 被告三栄企画は、昭和五五年一〇月二四日、原告を代理する菊池輝雄及び山本光平との間で、原告に対し一億五〇〇〇万円を、弁済期同五六年一月二二日、利息月三分と定めて貸し渡す旨の消費貸借契約を締結し、原告は右債務を担保するため、被告三栄企画に本件土地・建物を代金一億五〇〇〇万円で売り渡す旨の売買契約を締結した。

(二) 原告は、これより先の昭和五五年一〇月中ころ、菊池輝雄及び山本光平に対し、右消費貸借契約及び売買契約を締結するについての代理権を与えた。

(民法一〇九条の表見代理)

2 原告は、昭和五五年一〇月中ころ、菊池輝雄及び山本光平に対し、本件土地・建物の権利証、登記簿謄本、原告の実印、印鑑証明書、原告の名刺等を交付し、本件土地・建物の売買契約を締結するについての代理権を与えた旨を表示した。

(民法一一〇条の表見代理)

3(一) 原告は、昭和五三年中、菊池輝雄に対し原告所有の不動産を処分する代理権を与え、また原告の居住する建物を取りこわして新築することに関する一切の代理権を与えた。

(二) 菊池輝雄は、原告と再従兄弟の間柄で、幼少の時から親交があり、昭和四二年に原告の父が死亡した際には原告の依頼を受けてその相続関係の処理に当たり、また原告からその財産の管理を委ねられていたものであり、本件契約時には本件土地・建物の権利証、原告の印鑑証明書・実印等を所持していたもので、被告三栄企画は、菊池輝雄らが原告所有の本件土地・建物の売買契約をするについては、菊池らにその代理権があるものと信じたものであり、かつ、そのように信ずるについて正当な理由を有していたものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。菊池輝雄及び山本光平が原告を代理して被告ら主張の契約を締結したことはなく、山本光平が原告であると潜称し、原告になりすまして被告三栄企画と取引したものである。

2  抗弁2の事実は否認する。

3  抗弁3(一)のうち、原告が菊池輝雄に対し、原告所有の不動産の売却の仲介を菊池の経営する会社に委託することを依頼したこと、原告の居宅の新築について建築会社と交渉するなどを依頼したことは認め、その余は否認する。

抗弁3(二)の事実は、争う。被告ら主張の本件土地・建物の売買契約は、山本光平が原告になりすまし、被告三栄企画との間で締結したものであり、原告を代理して同被告との間で締結されたものではないから、表見代理の主張はその前提を欠き、その成否を論ずる余地がないものである。

仮に、表見代理の成立する余地があるとしても、被告三栄企画は本件売買契約の際、原告になりすました山本光平に対し、職業、経歴、家族関係などについて尋ねることをせず、また一億五〇〇〇万円という多額の金員を貸し渡すと共に、その債務を担保するため本件土地・建物の売買契約を締結するというのに、右借入金の返済方法等についてその真偽の調査をしなかったもので、このことは金融業者である被告三栄企画としては過失があり、代理権ありと信ずるについて正当な理由があったとはいえないものである。

第三証拠《省略》

理由

一  被告三栄企画に対する請求について

1  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、抗弁1について判断する。

まず、抗弁1(一)の事実は、これを肯認することができる。すなわち、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  山本光平は、昭和五五年一〇月二一日、知人の菊池輝雄から、同人の従兄弟にあたる原告所有の土地・建物を担保にして金融会社から金を借りることになったが、金融会社は所有者である原告に会いたいと言っている、原告の了解は得ているし、不動産の権利証、原告の印鑑証明書・実印等はすべてあるので原告になり代って金融会社と話をしてほしいと頼まれた。

(二)  そこで、山本光平は、菊池輝雄のいうことを信じ、結局原告の身代りになることを承諾し、昭和五五年一〇月二四日、菊池輝雄らと一緒に被告三栄企画の代表者らと会い、原告になりすまし、同被告から一億五〇〇〇万円を借り受けた旨の「連帯借用証書」、「領収証」と、本件土地・建物を代金一億五〇〇〇万円で被告三栄企画に売り渡した旨の「土地付建物売買契約書」、さらに登記申請に必要な「委任状」に、いずれも原告の住所・氏名を自書し、氏名の末尾に菊池輝雄から渡された原告の実印を押捺し、菊池輝雄は同被告から右金員を受領した。

(三)  さらに、山本光平は、同日、新宿公証役場へ赴き、公証人に対し、原告になりすまして本件土地・建物を被告三栄企画に代金一億五〇〇〇万円で売り渡した旨の公正証書の作成を嘱託し、右公証人の作成した「不動産売買契約公正証書」に原告の氏名を自書し、前記原告の実印を押捺した。

以上のとおり認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、山本光平は菊池輝雄に依頼されるまま、同人のいうことを信じて原告になりすまし、前記借用証書、売買契約書等に自己又は菊池輝雄の名は示さずに、原告の名だけを示して原告の印を押したものであるから、山本光平は菊池輝雄の使者として行動したものと評価すべきものであり、結局菊池輝雄が、原告を代理して(原告からその権限を与えられていたか否かは別として)被告三栄企画との間で、被告らが抗弁1(一)で主張する消費貸借契約及び売買契約を締結したものということができる。

次に、抗弁1(二)の原告が代理権を与えたとの事実について判断するに、この点に関する承諾書は、《証拠省略》によれば、山本光平が前記のように菊池輝雄のいうことを信じて原告の氏名を自書して指印したものであり、他にその成立を認めるに足りる証拠はないから、結局証拠資料として採ることはできない。また《証拠省略》によっては、いまだ右代理権を与えたとの事実を証するに足らず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  次に、抗弁2(民法一〇九条の表見代理)について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、菊池輝雄が昭和五五年一〇月中ころ、本件土地・建物についての権利証・原告の印鑑証明書及びその実印を所持していた事実が認められ、右事実によれば、原告が右書類・実印を菊池輝雄に交付した事実を推認し得ないではない。けれども、権利証、印鑑証明書、実印を他人に交付する理由は種々の場合がありうるから、原告が右のように前記権利証や実印を菊池輝雄に交付し、菊池がこれを利用し、原告の代理人として被告三栄企画との間で本件土地・建物の売買契約を締結しても、原告は民法一〇九条にいう代理権を与えた旨を表示した者にあたらないと解する、のが相当である。

したがって、抗弁2は理由がない。

4  さらに、抗弁3(民法一一〇条の表見代理)について判断する。

(一)  《証拠省略》によれば、原告は昭和五五年一〇月以前に、菊池輝雄に対し、本件土地・建物とは別に、原告の所有する不動産を処分するについての代理権を与えた事容を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(二)  菊池輝雄が原告を代理して被告三栄企画との間で、本件土地・建物の売買契約を締結したというべきであることは前記2で認定したとおりであるから、したがって菊池輝雄の本件土地・建物を売り渡した行為は、右(一)の代理権の範囲を越えてされたものというべきである。原告のこの点に関する、表見代理の適用はないとの主張は、採用し難い。

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被告三栄企画は、金融業などを営む会社であるところ、昭和五五年一〇月二〇日、菊池輝雄から同人の経営するオーナー・トラスト株式会社に一億五〇〇〇万円を融資してほしい、菊池の従兄弟にあたる原告が所有する本件土地・建物を担保として提供するという申出を受けたが、結局原告が借主となり、その担保として本件土地・建物について売買契約をするのであれば融資に応じてもよいとの返事をした。

(2) 菊池輝雄は、翌二一日、被告三栄企画に対し、原告が借主となり、本件土地・建物について売買契約をするということでよいとの返答をした。

そうして、被告三栄企画は、菊池に対し、原告自身に直接会わせて貰いたいとの申入れをしていたところ、翌二二日、菊池の事務所で原告と会うことになった。

山本光平は、菊池から前記2(一)で認定したとおり原告の身代りになることを依頼されたので、右の一〇月二二日及び同月二四日、原告になりすまし、菊池に紹介されて被告三栄企画の安川専務や同被告の代表者らに引き合わされたので、名刺を出して原告であると名乗った。

被告三栄企画の代表者らは、山本光平が原告であると名乗り、かつ、本件土地・建物の権利証、原告の印鑑証明書・実印、登記簿謄本を所持していたので、山本を原告自身であると思いこみ、前記2(二)で認定のとおり借用証書、売買契約書等の作成を行った。

以上のとおり認めることができ、この認定に反する証拠はない。

右事実によれば、原告を借主とする前記一億五〇〇〇万円という多額の消費貸借契約及び原告所有の本件土地・建物の売買契約の締結によって直接経済的利益を受ける者は菊池輝雄ないし同人の経営するオーナー・トラスト株式会社であると考えられるし、原告とは一面識もないのであるから、金融業者である被告三栄企画としては原告と称する人物が真に原告自身であるか否かについて、事宜に応じた質問をするなど相応の調査すべき義務があるというべきである。そうであるのに、被告三栄企画はこれを怠り、菊池輝雄ないし山本光平の所持した本件土地・建物の権利証、原告の印鑑証明書・実印により山本光平を原告自身であると信じたのであるから、いまだ民法一一〇条にいう正当の理由を有したものとすることはできない。

結局抗弁3も採用できない。

5  してみると、原告の被告三栄企画に対する本訴請求は、いずれも理由があるから認容すべきものである。

二  被告貴福、同朝銀に対する請求について

1  別紙第一目録の土地・建物が、もと原告の所有であったこと及び請求原因2、3の事実は、原告と被告貴福との間で争いがない。

2  別紙第二目録の土地・建物が、もと原告の所有であったこと及び請求原因2、4の事実は、原告と被告朝銀との間で争いがない。

3  被告らの抗弁1から3までに対する判断は、前記一の2から4までの箇所で説示したと同一であるから、これを引用する。

4  してみると、被告らの抗弁はいずれも採用することができず、原告の本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容すべきものである。

三  よって、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原晴郎)

<以下省略>

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